国頭方西海道 くにがみほうせいかいどう

史跡 沖縄

 
沖縄県
国頭郡恩納村
指定年月日:20040930
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

国頭方西海道は、琉球王朝の首都であった首里と国内各地を結ぶ道の一つであり、15世紀後半以降の第二尚氏時代には海上を含むすべての道が首里に通ずる道として整備されたとされる。
このうち西海道は、首里の西原間切から浦添、北谷、読谷山、金武、名護、今帰仁、国頭の各間切を通る道筋である。間切とは、集落の集まりをいい、琉球王朝時代の行政単位であった。
恩納村を通る西海道は、読谷から多幸山、山田城跡や恩納城跡の下を通過する琉球王朝時代の各間切の番所と番所を繋ぐ宿道となっていて、人々や文物の交流を担った主要道路であった。その中で読谷の喜名から恩納を経て、国頭地方に向かう道を「国頭方西海道」と称した。道幅は約2.4mでその両側に松並木が植栽されていたとされ、道の周りには一里塚や石矼、御待毛等の遺跡も多い。
御待毛は、国王や役人が地方を巡検する時に、街道沿いの村人などを集め荷役をさせたが、こうした人々が国王や役人を待ち、歓迎するための広場であった。真栄田の一里塚は、土と炭を混ぜ合わせた土塚で、その上部に琉球松等が植えられ対に設置されていた。一方の塚は開墾で破壊されたが、現在復元されている。寺川矼は、垂川に架かる石矼で、農地の近代化のため撤去されており、現在は仮橋が架かっている。本来は2枚の板石を橋台部の石積みで支えていた幅2m程のものであった。山田城跡の麓を西海道は通っているが、途中に山田谷川の石矼がある。石矼は、琉球石灰岩の野面積みの桁部分にアーチ形式を施したものである。この東には貝塚と岩陰住居跡の遺跡である史跡仲泊遺跡がある。道は、この中を通っており、石…

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