朝鮮通信使関係資料 ちょうせんつうしんしかんけいしりょう

歴史資料/書跡・典籍/古文書 / 江戸

  • 京都府
  • 江戸
  • 9通
  • 京都府京都市左京区岡崎円勝寺町44
  • 重文指定年月日:19870606
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 財団法人藤井斉成会
  • 国宝・重要文化財(美術品)

朝鮮通信使は、朝鮮国王が我が国の足利、豊臣、徳川家に対して派遣した公式外交使節のことで、江戸時代には、将軍の代替り等に際し都合十二回遣わされた。
 本件は朝鮮国書二通をはじめとして全部で十二通を存している。国書は、粛宗八年(一六八二)五月日の徳川綱吉宛ての国王李惇国書、及び同三十七年五月日の家宣宛ての国王李惇別幅である。いずれも白繭【はつけん】紙を用い、国王印「〈為政/以徳〉」の朱方印を捺している。
 徳川将軍返書控は(一)天和二年(一六八二)九月日綱吉の返書控、別幅控及び世子(徳松)別幅控の三通、(二)延享五年(一七四八)六月日家重別幅控一通、(三)宝暦十四年(一七六四)三月日家治返書控、別幅控の二通、合わせて六通である。いずれも金銀箔の厚手間似合【まにあい】紙を料紙とし、家重別幅控には「〈源/長正〉」の朱方印がある。
 崇禎九年(一六三六)九月日の朝鮮国東莱府使書契は、府使鄭良弼が対馬藩の宗義成に宛てて、通信使一行が釜山を出帆し、まもなく貴島に到着する旨を伝えている。料紙には楮【ちよ】紙を用い、朱長方印が捺されている。
 また、朝鮮国礼曹参議書契は、外交官である礼曹参議の李省身が宗義成に宛てたもので、仁祖二十四年(一六四六)十月の書契と別幅及び同年十一月の書契の三通を存している。料紙は楮紙で、朱方印「〈禮曹參/議之章〉」が捺されている。その内容は、漂流民送還について丁重な書状を受取ったことなどで、通信使には直接関連しないが、内容等を尊重して附とした。
 本件は朝鮮通信使に関するまとまった唯一の遺品で、特に粛宗八年の国書と天和二年の綱吉返書控は対をなし、同控には別幅控、世子の別幅控をも併せ存して注目される。往時の通信使の史実を証し、両国の近世交渉史研究上に貴重である。

朝鮮通信使関係資料

ページトップへ