絹本著色八字文殊曼荼羅図 けんぽんちゃくしょくはちじもんじゅまんだらず

絵画 / 鎌倉

  • 鎌倉
  • 1幅
  • 重文指定年月日:19950615
    国宝指定年月日:
    登録年月日:
  • 国宝・重要文化財(美術品)

 八字文殊曼荼羅を本尊とする密教修法、八字文殊法は、『覚禅鈔』に「息災【そくさい】。殊【こと】ニ天変【てんペん】ニ之【これ】ヲ行【おこな】フ」と記されているように、平安時代以降とくに日月蝕や地震などの天変地異が観測された際にしばしば行われた。この曼荼羅は菩提仙【ぼだいせん】訳『大聖妙吉祥菩薩秘密八字陀羅尼修行曼荼羅次第儀軌法【だいしようみようきつしようぼさつひみつはちじだらにしゆぎようまんだらしだいぎきほう】』に依拠し、文殊菩薩・八大童子・四大明王・四摂【ししよう】および四供養菩薩・八方天および后という、計三十七尊から構成される三院からなる。本図も基本的にそれに則るが、第二院のうち八大童子の外側に十六個の円相を巡らせていることは珍しい。ただし、この円相内に何か書き記されていた形跡はない。
 八字文殊曼荼羅図の遺品として、和歌山正智院本(重要文化財)やメトロポリタン美術館本などが知られているが、いずれも鎌倉時代中期以降の作であり、また中尊および八大童子が獅子に乗る図像である。これに対して、本図は獅子を描かず文殊八大童子が蓮華座にのみ坐す曼荼羅であり、十六円相を表すこととあわせて他に実作例をみない特異な図像として注目される。
 菩薩以下の尊像は頭部が体部に比べて大きめで、丸顔に細い眉目の面相をもち、腕や膝が細めという華奢なプロポーションであること、さらに菩薩の服飾や紺朱・緑紫の組み合わせを主とした蓮台の彩色法など、法隆寺蔵星曼荼羅図(重要文化財)に共通し、主尊の截金による宝冠装飾とあわせて平安時代末期の仏画表現に通じる。しかし、各尊の面貌をみるとやや生硬であり、むしろ鎌倉時代前期の仏画作品に様式的に近い。したがって、本図は平安時代の雰囲気をよく残した鎌倉時代も比較的早い頃の制作になるものといえ、八字文殊曼荼羅としては現在知られる最古の遺品といえる。
 他に例をみない独特の図像に基づく鎌倉時代前期の曼荼羅遺例として貴重であるのみでなく、細緻で丁寧な制作をよく保存していることも価値が高い。
 なお、表具裏に宝暦五年の修理記があり、同年夏より石清水八幡宮新勝院の有と帰したが、おそらく明治の廃仏毀釈の動きのなかで井上馨の入手するところとなったと思われる。

絹本著色八字文殊曼荼羅図

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