五所川原須恵器窯跡 ごしょがわらすえきかまあと

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史跡 / 東北 

青森県
五所川原市
指定年月日:20040930
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

 五所川原須恵器窯跡は、青森県西部にある平安時代の、我が国最北の須恵器窯跡である。窯跡は津軽平野北東縁の丘陵地帯、標高約35mから200m前後に立地し、東西約3.5km、南北約5kmの範囲に約50基が点在している。
 昭和42年(1967)、林道建設工事の際に発見されて以来、数度の発掘調査が行われ、かつては鎌倉時代の所産とする説も出されていた。平成9年、土地造成中に見つかった窯跡(犬走窯跡)の発掘調査が行われたことを契機に、平成10年から五所川原市教育委員会が窯跡の詳細な分布調査、発掘調査を継続して行ってきた。その結果、窯跡の分布状況と展開過程の概略が把握されるに至った。
 窯跡は、西側にあり平野に面している原子支群、南側にあり持子沢沿いにある持子沢支群、東北側にあり前田野目川両岸に広がる前田野目支群などからなる。それぞれの窯跡は、小さな尾根上先端部に1基あるいは2基が構築されており、群在することはない。構造は無階無段の窖窯で、形態は持子沢支群では窯尻にかけて先すぼまりの形状を呈し、前田野目支群では幅が一定の形状を示すなど違いも見られる。
 生産されている器種には、食膳具では杯が主で皿、蓋がわずかにあり、貯蔵具では長頸瓶、鉢、壺、甕などが見られる。ほとんどのものにヘラにより刻された文字や記号が確認され、本窯跡の大きな特徴になっている。文字には「神」「六」「千」などがある。胎土は鉄分を多く含有し、表面は暗青灰色、器肉は暗赤色を呈するものが目立つ。焼成は総じて硬質である。原子支群と持子沢支群では食膳具と貯蔵具がほぼ同比率であるが、前田野目支群では貯…

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