對龍山荘庭園 たいりゅうさんそうていえん

名勝 / 近畿 

京都府
京都市左京区
指定年月日:19881224
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

S63-5-23對龍山荘庭園.txt: 京都東山西麓、南禅寺塔頭金地院の西隣に仕置する。古くは南禅寺境内に含まれる地区である。
この地は、明治29年に伊集院兼常が所有し邸を開いているが、建築、庭園ともに造詣の深かった人であり、庭園も造られた可能性が強い。
 その後、明治34年、彦根出身の京呉服商、市田弥一郎(天保14年〜明治39年)が所有してから、建築、庭園ともに改造した。「京華林泉帖」(明治42年)や「新名園記(2)」(「日本美術と工芸」第4号所収、明治45年)の記載や、建築年代から、明治35年から39年の間に現在に伝わる形の庭園が完成したものと考えられる。この時の作庭者については、明確な資料はないが、「新名園記(2)」の記載などから、当時京都の名庭師であった小川治兵衛(万延元年〜昭和8年)であったとみられる。
 全体の構成は、西に建物を配し、東に庭園を設けている。建物は、北から書院(對龍台)、茶室群(聚遠亭)、居室群と連続する。
 庭園は、大別して南半の流れと北半の池庭で構成される。南端の小滝から水を落とし、浅い流れとして北流させ、居室、茶室の前を巡り、書院の縁下を通して池に落とす。池の東端では大滝と伝落ちの滝から水を落とし、両滝の中間に水車小舎を設ける。池には中島を設け、渡しかけの橋と沢飛石で結ぶ。南北いずれの水源も琵琶湖疏水の分水を利用している。また、南の流れの東には芝生の園地を設け、池の東奥には菜園を設けている。
 この庭園は、明治期に南禅寺界隈に造られた多くの別荘庭園の一つであるが、池、流れ、露地、借景など伝統的日本庭園のほとんどの技法を巧み…

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