重要文化財 秋色半分図 しゅうしょくはんぶんず

絵画  日本画 / 江戸 / 日本 

浦上玉堂 (1745-1820年)
うらかみぎょくどう
1818年(文政八)
紙本,墨画淡彩
40.7 x 46.0cm

 岡山池田の藩士の家に生まれた玉堂は、藩主の政治の理想を継承しつつ、大目付の地位に就くが、文人的生活に耽るあまりその地位を罷免され、その後一切の官職を退いた。五十歳の時二人の息子を連れて出奔し、旅先から脱藩を届け出、以後自由人として各地を旅歴し、漂泊の人となった。脱藩後の漂泊の足跡は、九州から奥羽にまでおよんだ。彼の絵は文化年間より多く生み出されたようで、渇筆と擦筆が混じり合った独特の様式はこの頃完成したと思われる。 本図は、「酔雲醒月図」「山水図(深山渡橋図という呼称もある)」「五言絶句」の詩書と共に一幅に収められていた。この形式は、一幅の掛幅に円窓型、扇面型、方型などの輪郭をとり、その中に書画をかく図中書画などとも呼ばれる。墨の階調は、採光によってデリケートな変化を見せるが、玉堂はこの明暗による陰影を好んで画中にとらえている。玉堂の山水は、胸中の山水であって、たんなる写生ではなく、表現意欲の昂揚するにつれ、刻々と変化してゆく。細部の表現の面白さに特徴がある。もともと同一紙面にかかれていたもので、本来は三段構成の書画であり、分割されて現状のそれぞれ独立した形式の四幅となった。「秋色半分図」は最上段に描かれていた。秋の気配はいまだ半ばであるの意であろうか。

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