立花家文書 たちばなけもんじょ

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福岡県
室町~明治
柳川古文書館 福岡県柳川市隅町71-2
重文指定年月日:20040608
国宝指定年月日:
登録年月日:
国宝・重要文化財(美術品)

立花氏は大友氏第六代貞宗【さだむね】の子貞載【さだとし】(?~一三三六)が筑前国粕屋郡の立花城主となり立花氏を称したのに始まり、立花鑑載滅亡後は同じく大友氏の一族戸次鑑連【べっきあきつら】(道雪)の養子統虎【むねとら】(宗茂【むねしげ】)が同城に拠り立花氏を称した。安土桃山時代、宗茂は柳河城主となり、関ヶ原の戦いで西軍に味方したため改易となった。その後、元和六年(一六二〇)田中吉政改易の跡をうけて柳河に再入封し、筑後五郡一〇万九六〇〇石余を領した。柳河藩は三池藩一万石を分立したりするが、初期を除き改易転封はなく、立花氏は柳河藩主として歴代相次ぎ、宗茂以降一一代を経て、一二代鑑寛のときに明治維新・廃藩置県を迎えた。
 立花家文書として知られるものは、現在大きく立花家所蔵になる家文書と福岡県(県立伝習館高等学校)所蔵になる柳河藩政資料とに分かれるが、本来は柳河藩立花家に一括して伝わったものである。指定にあたっては、その歴史性を勘案して、併せて一括とした。
 家文書である立花家文書は、立花家の歴史を反映して、(一)刀狩令をはじめとする豊臣秀吉から立花宗茂宛の文書、(二)柳河藩政の確立期における検地の実施、(三)藩制創出における家臣団の構成、(四)藩財政や農政などに関する文書などが伝えられている。その中心は御宝蔵に収蔵されていた文書群で、御宝蔵御書類目録によると、仁、義、礼、智、信、第一~十三号と歴代藩主ごとに分類されている。立花家の重書とされる文書で文書箱別に収納されていた。文書箱として「御感状箱」と「黒塗朱御定紋箱」とがある。御感状箱には「仁」…

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