金剛輪寺明壽院庭園 こんごうりんじみょうじゅいんていえん

名勝 / 近畿 

滋賀県
愛知郡愛荘町
指定年月日:19900804
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

金剛輪寺は、彦根市の東南方、鈴鹿山脈が湖東平野に降る山裾に位置する。北の西明寺、南の百済寺と共に、湖東三山と称され、天台宗に属する巨刹の一つである。
 当時は平安時代から鎌倉・室町時代にかけて隆盛を極めてきた。天正の頃の織田信長勢による兵火から辛くも免れ、現在に伝えられた国宝・本堂、重要文化財・三重塔や二天門、本尊である重要文化財・木造十一面観音立像を始めとする諸仏などの寺宝が、当時の古い歴史をよく物語っている。
 江戸時代に入ってからは、彦根藩および天海僧正を始めとする天台宗一門の庇護を受け寛永期から諸堂宇の修理・復興が続けられた。寛文四年(一六六四)山内絵図面によると堂宇は本堂を含めて七宇、坊は二四となっている。この時期の復興を主宰したのは、明壽院の前身正泉坊である。これら坊の内、現存しているのは、明壽院・西光寺・常照院のみであるが、山内には調査で判明しているだけでも二四の坊跡が認められ、盛時の寺容をうかがわせるに十分の景観を残している。
 明壽院は当寺の本坊である。明壽院の名称の初見は寛文十三年(一六七三)であり、この頃、正泉坊を継いで本坊になったと考えられる。当院は、惣門と本堂の間で下方三分の一の所に位置する。建物としては、庫裡・書院、護摩堂(正徳元年(一七一一))、茶室・水雲閣(天保十一年(一八四〇))がある。庫裡・書院は明和三年(一七六六)から安永五年(一七七六)にかけて再建され、安政五年(一八五八)に改築されたものであったが、昭和五十二年に惜しくも焼失し、翌五十三年に再建されたものである。
 庭園は書院の東側に面し、山裾まで…

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