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紙本著色牧馬図〈長谷川信春筆/六曲屏風〉

しほんちゃくしょくぼくばず〈はせがわしんしゅんひつ/ろっきょくびょうぶ〉

概要

紙本著色牧馬図〈長谷川信春筆/六曲屏風〉

しほんちゃくしょくぼくばず〈はせがわしんしゅんひつ/ろっきょくびょうぶ〉

絵画 / 安土・桃山 / 室町 / 関東 / 東京都

長谷川信春

東京都

室町~安土桃山

一双

東京国立博物館 東京都台東区上野公園13-9

重文指定年月日:20050609
国宝指定年月日:
登録年月日:

独立行政法人国立文化財機構

国宝・重要文化財(美術品)

 本図は、両隻の下隅に料紙の一部を削り取った痕がある。現状では款記印章は見られないが、『増訂古画備考』に、当初は袋形信春印が捺されていたと記されており、この損傷が、同印の捺されていた箇所と考えられる。また、作風からも、長谷川等伯【とうはく】(一五三九~一六一〇)が信春【しんしゅん】と称した若年期の制作として、広く認められている。
 制作時期としては、まず、袋形信春印使用時期の下限は現在のところ不明である。また、従来は、能登から京都に移住した時期として、本法寺蔵日堯上人像が制作された元亀三年(一五七二)ころと考えられてきたが、近年は能登京都往還の時期を設定し、京都への定住は従来より下る天正期(一五七三~九二)とする考え方が提出されている。
 本図の場合は、片ぼかしの土坡【どは】と流水を主体とする未整理な景観描写、景物を画面に充満させるかのような特異な構図感覚、樹木の皴、形態把握等に見る漢画技法の未熟さ、両隻の端に金泥で源氏雲が表されていることなどから、かなり早期の制作である可能性が高いであろう。画題の上で、放牧された馬を広い山野に追いかけ、自在に馬を操る武士の勇壮さをとらえることに関心を示すこと、武士の着衣が華美なものでないことからも、京都より地方の武家の嗜好に応じていると想像され、京都の画壇に本格的にふれる以前の作と推定される。
 さりながら、右隻左端の二株の柳樹は三宝院柳の間の四季柳図を彷彿とさせ、左隻右寄りの草花の描写や、草木の葉の色彩感覚は、智積院障壁画の秋草にも通じるなど、後の代表作と共通する要素も見受けられ、等伯の著彩画独特の特質は、若年期から体得されていたものがあることを示唆する点で、本図は貴重である。
 図様構成には、先述のようにいまだ生硬なものがあるが、細部描写に注目すると、大画面でありながら、細密画のような繊細な描写が優れており、殊に細い枝先や蔓の先端を描く線質は細く鋭く、伸びやかであることも注目される。
 本図独自の特色は、草木の表現のほかにも躍動的な人物描写に認められる。信春の能登時代の遺品は絵仏師的性格が強く認められるのであり、本図のような風俗画は他に知られていない。馬を自在に操って野馬を捕らえようとする武士たちは、皆生き生きした視線を対象に注ぎ、力を込めた腕や足の筋肉の盛り上がりを肥痩と抑揚に富んだ線描で的確に表し、馬をめぐって腕を競う武士の活気に満ちた風俗表現が成立している。
 近世初期には多様な風俗図屏風が成立した。その中にあっても、厩図、調馬図、犬追物図とも異なる、本図のような武家風俗図は類例がない。画壇を主導した狩野派による風俗画の最も早い作例としては、狩野永徳による洛中洛外図が永禄八年(一五六五)の作とする有力な説があり、狩野秀頼筆の観楓図もこれと前後する時期の作と思われる。制作が元亀以前に遡る可能性がある本図もまた、近世初期に盛行する風俗画に先駆ける作例として、絵画史的意義が大きい。

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