伊治城跡 いじじょうあと

城跡 / 東北 

宮城県
栗原市
指定年月日:20030827
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

 伊治城跡は、奥羽山脈から東に派生する築館丘陵の裾部にある、北上川支流が形成した河岸段丘に立地する、古代東北地方の城柵遺跡である。『続日本紀』によれば神護景雲元年(767)に設置され、律令政府による古代陸奥国経営の重要拠点の一つであり、国府多賀城の北方約50kmに位置する。
 遺跡の所在地については江戸時代から多くの論争があったが、昭和52年から54年の宮城県多賀城跡調査研究所、昭和62年から現在までの、築館町教育委員会による発掘調査で位置を確定し、具体的な内容も明らかになった。また、多賀城跡出土の漆紙文書により、当時は此治城と呼んでいたという説も出されている。
 遺跡は南北約900m、東西約700mの範囲にあり政庁、内郭、外郭からなる。存続年代は、8世紀から9世紀にかけてである。政庁は南北約60m、東西約55mの規模で、内郭中央部に所在する。周囲は基底部幅3m弱の築地塀で区画し、南面中央で門を検出している。中央やや北よりに位置する正殿を中心に、前殿、後殿、脇殿を配した構成で、I期からIII期にわたる変遷がある。内郭は外郭内の東南よりにあり、南北約240m、東西約180mの規模で、周囲を基底部幅3mほどの築地塀で区画する。調査が進んでいる西北部分では、「コ」字形に配した掘立柱建物群を検出しており、実務的官衙と考えられる。外郭は独立した段丘の地形を利用した不整方形をなし、基底部幅8m程度の土塁と、幅約10mの大溝で周囲を画し、その内部施設としては、主に竪穴住居を検出している。各期の年代は、I期が創建から奈良時代後半で、II期の終末は、建物が火災によって全…

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