水無瀬駒 関連資料 追加資料 将棊馬日記 みなせごま かんれんしりょう ついかしりょう しょうぎこまにっき

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その他 / 安土・桃山 / 近畿 

水無瀬兼成によって書かれた可能性が高い
17世紀初期
横中本、墨書
楮紙
保存状態は、虫損が諸所にみられ、一部字面に及ぶ
縦 13.8cm、横 20.3cm 、紙共31丁
1冊
島本町指定
指定年月日:20090414
個人
有形文化財(美術工芸品)

 安土桃山時代の公家・水無瀬兼成が依頼主に応じて制作した将棋駒の数を記録した文書である。
  「将棊馬日記」は天正18年から慶長7年に亡くなる直前まで各年に制作した駒の数が示されており、「小将棊」をはじめ、「中将棊」、「大将棊」など737組の制作が記録されている。
 ただし、天正18年に書き始められたものではなく、慶長5年のところにそれまでの制作数の合計が記されており、全文同筆で各年同じ形式で書かれていることからみると、慶長5年に他に存した別の記録をもとに一定形式でまとめ直したものとみなされる。その後亡くなるまでの分が書き継がれたものである。徳川家康には53組の駒を納入している。
 中でも注目されるのは、足利義昭が兼成に駒の制作を依頼しその駒とみられるものが、平成20年に福井県で発見されたことである。「日記」には慶長3年(1598)兼成 が85歳の年の「小将棊」の項に「一ヽ(面) 象牙 道休」とあり、この 「道休」は、出家した義昭のことで、兼成が義昭から象牙の「小将棊」一面を依頼され、納入したことを示す。福井県で発見された駒の「玉将」の底には兼成筆とみられる「八十五才」の銘があり、本「日記」の記載に対応する実物の可能性が高く、記載の事実性を証するものとして注目される。
 

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