松山祭礼神輿宮出之図 まつやまさいれいみこしみやだしのず

文書・書籍 / 明治 / 愛媛県 

明治時代
軸装
107.2cm×31.4cm
1幅
愛媛県西予市宇和町卯之町4-11-2
個人蔵(愛媛県歴史文化博物館寄託)

「松山祭り」は10月5〜7日に行われ、特に7日の神輿の鉢合わせで知られる。江戸時代、松山藩では味酒社・湯月八幡宮・正八幡宮の祭を三祭と呼んでいた。本資料は、江戸時代の味酒社祭礼の宮出し行列を描いた図である。手前の二体の神輿は、屋根と胴を締め、担ぎ棒に固定しており、鉢合わせ、舁き比べを描いた構図と見られる。神輿舁きは、浴衣姿にたすき掛け、頭には鉢巻を結んで、神輿を中心とした祭りの熱気が伝わる構図となっている。その先に宮出し行列として先頭には、鉾3本と大台鉾1基に続いて弓・立傘・神職・徒士、さらに作り物が3基、傘(台)鉾が描かれる。境内には、幟がはためき、「奉献・味酒神社」と染め抜かれ、右端には祝福芸の三番叟万歳も描かれる。作成年代は人物像や味酒神社の幟などより、江戸時代末期の祭礼風景を明治時代になって描いたものと考えられる。松山祭りを描いた絵画資料としては初出と思われ、断片的な文献資料を補足する存在として注目される。今日、神輿の鉢合わせが知られる松山祭りであるが、江戸から明治時代にかけて、多様な練り物を伴う城下町の祭礼行列であったことがうかがえる。しかし、近代における練り物の衰退により、現在の神輿に一元化され、松山の祭礼文化が作り上げられたと考えられる。松山市における祭礼の変遷を物語る上で重要な資料である。

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