佐敷城跡 さしきじょうあと

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城跡 / 室町 / 沖縄 

沖縄県
中世
沖縄県南城市
指定年月日:20131017
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

 佐敷城跡は、琉球を統一した尚巴志の居城とされる城跡である。城跡は、南城市佐敷の中城湾に臨む丘陵北側斜面に位置し、標高50メートル付近の上城跡及び美里殿遺跡、東方の苗代殿遺跡からなる。『中山世譜』・『球陽』等によれば、苗代村に居を移した尚思紹と佐敷村美里子の娘との間に生まれた尚巴志は、思紹より佐敷按司の地位を譲られ、武寧王代(1396〜1406)に島添大里按司を破って大里城を得た。15世紀初頭に中山を攻略したことを皮切りに、1416年に北山を滅ぼし、さらに南山を平定して、1429年に琉球で最初の統一王朝を樹立した。この過程において、尚思紹・尚巴志父子が根拠としたのが佐敷城と考えられている。三山統一後は廃城となったが、第二尚氏王統以降も、佐敷の地は即位前の王子が領する間切となり、後年には聞得大君加那志に就任前の王妃が佐敷按司加那志となって間切を領する等、王家の故地と位置づけられていた。
 南城市(旧・佐敷町)教育委員会では、平成12年度から24年度にかけて発掘調査等を実施した。上城跡は東西約200メートル、南北約300メートルの規模で、佐敷城跡の主体部を形成し、主郭をはじめ中枢となる曲輪群が展開するⅠ区、Ⅰ区の西側を防御する曲輪群であるⅡ区、Ⅰ・Ⅱ区の背後、標高70〜80メートルのタキノー丘陵に位置するⅢ区からなる。美里殿遺跡は美里子の屋敷跡と伝承され、東西50メートル、南北150メートルの規模で、上城跡の東側斜面に隣接し、上城跡と一体として存在していた曲輪群と考えられる。苗代殿遺跡は、上城跡の東方約500メートルに位置し、東西約110メートル、南北約140メートルの規模で、尚思紹の屋敷跡と伝承される屋敷…

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