鍋島直茂・勝茂宛て豊臣秀吉朱印状 なべしまなおしげ・かつしげあてとよとみひでよししゅいんじょう

文書・書籍 / 安土・桃山 

豊臣秀吉
とよとみひでよし
慶長3年正月17日/1538年
紙本墨書
縦46.5cm 横66.0cm
1通
佐賀県佐賀市松原2丁目5-22
公益財団法人鍋島報效会

慶長2年(1597)12月、朝鮮出兵中の加藤清正らは蔚山城にいたが明・朝鮮連合軍に包囲され籠城を強いられた。翌年正月、朝鮮から蔚山城(うるさんじょう)攻防戦の報せを受けた秀吉が、鍋島直茂(1538~1618)・勝茂(1580~1657)父子宛てに発給した朱印状が本資料。食糧や水に難儀した蔚山城での籠城戦を受け、引き続き倭城(わじょう)の普請強化と兵粮や玉薬の潤沢な備蓄を命じている。その一方で厳寒の労苦を気遣い、小袖と道服を遣わすと記されている。
さらに秀吉は、本状から10日後にあたる同月27日付けの朱印状で鍋島直茂・勝茂に対し、「先手五里・三里の間、日々に物見を遣わし、様子見計らい、その機遣い肝要に候。今度蔚山へ取り懸り候刻も敵の様子知らざるにつきて、のせ事のように仕成る由に候条、毎事機遣い油断有るべからず候」と伝え、蔚山での教訓として物見による明・朝鮮軍の動きを事前に察知するよう注意を促している。

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