書状 冨左正宛 九 十五日 「来十七日」 しょじょう とみさしょうあて きゅう じゅうごにち きたるじゅうしちにち

安土・桃山 / 日本 

津田 宗及 (-1591)
つだ そうぎゅう
日本
安土桃山時代/16世紀末期
紙本墨書
25.4×39.5㎝
1
広島県廿日市市大野亀ヶ岡701
海の見える杜美術館

 堺の豪商茶人。大徳寺第五十六世江月宗玩の父である。信長・秀吉に仕え、大林宗套に参禅、三宗匠の一人として、秀吉が催した貴賤平等の北野大茶会を司会した。更幽斎と号し、歌道にも励み、堺の名家天王寺財閥の嫡子で茶会活動に励み「天王寺屋会記」は宗達・宗及・宗凡三代の茶会記である。
 この書状は冨田左正からの口切茶事への招待状に対する礼状。九月十五日付の文面で十八日朝までひま取る仕事で伺えないと述べ、自分一人だけの招待を恐縮の様子である。口切の茶会は新茶を葉茶のまま壺に封印し、暑中を経て九月以降に口を切って葉茶を挽いて抹茶を点てる一年で最も重要な茶会である。冨田左近は通称平右衛門・左近将監、秀吉の側近。茶湯に親しむ風流人で、文禄・慶長の役では父子とも戦功があった。
(『名筆へのいざない―深遠なる書の世界―』海の見える杜美術館2012 解説より)

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