佐渡相川の鉱山及び鉱山町の文化的景観 さどあいかわのこうざんおよびこざんまちのぶんかてきけいかん

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文化的景観 / 中部 

新潟県
新潟県佐渡市
選定年月日:20151007
管理団体名:
重要文化的景観

相川は,標高約300mの山地から海成段丘を経て狭い海岸低地が続く地形上に位置する。17世紀初頭,相川で鉱脈が発見されると急速に鉱山開発が進んだ。慶長8年(1603),佐渡代官に任じられた大久保長安(おおくぼながやす)は上町(かみまち)台地の尾根線上に幹線道路を敷き,沿道に大工町など職業別の町立てを行った。17世紀前半には海岸沿いの下町(したまち)で埋め立てを伴う町立てが行われ,上町と下町とをつなぐ段丘崖に石段等が発達した。18世紀に金銀の産出量が激減すると,上町等に散在していた鉱業関係施設が佐渡奉行所内に集約された。他方で商人の中には廻船業等で財を成す者も現れ,下町には蔵を伴う大規模な地割りの廻船問屋等が並んだ。近代には鉱山が三菱へ払い下げられ,上町には間口が広く通りに面して庭を有する社宅も立地した。下町には相川町役場等の公的機関が立地し,行政機能を持つようになった。現在も上町は各町家が短冊状の地割りを継承しつつ,通りに面して平屋構造を持ち背後に段々と降りる吉野造りを成している。下町は旧街道沿いに展開する近世以来の地割りを継承しつつ,海岸部を埋め立て佐渡市役所支所等が配置され,行政の中心地機能を強化している。当該文化的景観は,鉱山地区の生産機能,上町地区の居住・行政機能,下町地区の流通・行政機能が,金銀採掘の盛衰に伴い動的な関係を構築しつつ展開してきた相川の歴史的変遷を示す景観地である。

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