秋田藩家蔵文書 あきたはんかぞうもんじょ

その他の美術 / 江戸 / 東北 

秋田県
江戸中期
61冊
秋田市山王新町14番31号
秋田県指定
指定年月日:20130322
秋田県
有形文化財(美術工芸品)

秋田藩家蔵文書は、江戸時代に秋田藩が行った修史事業の過程で収集、書写、編纂された書状を中心とした全3,794点の文書資料集である。これを基に佐竹家歴代当主の公譜記録『佐竹家譜』、藩士系図などの『諸士系図』が編纂された。この経緯は『岡本元(げん)朝(ちよう)日記』に詳しく記録されている。
 元禄9年(1696)、秋田藩は家中諸士に家蔵の系図や文書類を差し出すよう命じた。翌年に文書所を設置し、御日記取纏役および御文書改奉行に岡本元朝を任命し、御調頭とした。御文書吟味役に中村光(こう)得(とく)と大和田時(とき)胤(たね)を当て、その他に5人を所属させ、本格的な修史事業が開始された。文化2年(1805)頃まで繰り返し提出を命じ、収集、吟味、書写された資料は、概ね提出者の家別にまとめられた。
 資料各冊の内題は、「佐竹式部義(よし)都(くに)家人家蔵文書」や「岡本又太郎元朝家蔵文書」のように所蔵諸士家でくくられており、このうち現在まで伝存し、秋田県公文書館に所蔵されているものが61冊である。外題総称として『秋田藩家蔵文書』の名称を付与した時期は特定されていない。写本の種類では全体は臨写である。花押の一部などは原文書を敷き写したもので、書誌的にも貴重である。
 中央政権との関係を示すものには、鎌倉および室町幕府将軍らの下文、織田信長らの印判状、伏見城築城に際して豊臣秀吉から割り当てられた板材の覚書、徳川家康の御内書などがある。また、関ヶ原の戦のあった慶長5年(1600)のものとわかる資料は、上杉景勝や直江兼続から佐竹家にあてた書状や、最上義光の影響から秋田実季が由利衆と連携して小野寺義道と対立し…

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