鍋島直茂宛て豊臣家五奉行連署状 なべしまなおしげあてとよとみけごぶぎょうれんしょじょう

文書・書籍 / 安土・桃山 

豊臣家五奉行
とよとみけごぶぎょう
慶長3年8月25日/1597年
紙本墨書
縦35.0cm 横51.5cm
1通
佐賀県佐賀市松原2丁目5-22
公益財団法人鍋島報效会

慶長3年(1598)8月18日の豊臣秀吉の死去を受け、朝鮮出兵は終結へと向かう。豊臣政権の中枢にあったいわゆる五大老や五奉行らの合議により、朝鮮からの日本軍の撤退が進められていくこととなる。本状は長束正家・増田長盛・石田三成・浅野長政・前田玄以の五奉行が連名で朝鮮在陣中の鍋島直茂(1538~1618)に宛てた文書である。秀吉の逝去から1週間後の8月25日付けであるにもかかわらず、「大閤様御煩(わずら)い、いよいよ御快気成られ候間、御心安かるべく候」と、秀吉の病気が快方に向かっているとの内容を伝えている。前月17日付けの鍋島直茂・勝茂父子宛て秀吉朱印状でも「このほど少し御煩わしく候と雖も、すきと御快気成られ候」と伝えていた。朝鮮での動揺を防ぐために秀吉の死去は秘匿され、11月にかけて撤退が進められた。

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