巻菱湖法帖「楷書・大字 千字文(左版 冊子)」 せんじもん

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 / 江戸  明治 / 日本 

巻菱湖 (1777〜1843)
まきりょうこ
江戸時代後期

巻菱湖の「楷書・大字 千字文」の習字手本。掲載品は、江戸刷の左版 冊子 全1巻。正面版・凸字版と書は同じ。

千字文とは、中国、梁の周興嗣が武帝の命令により、文字習得の教材として作り、古く中国で文字を学ぶ初歩の教科書として使われてきた。森羅万象について4字を一句とする250個の 短句から出来ており、1000字の異なる文字を使用し、世界各国で翻訳され歴代の書家たちにも多く習われてきた。

巻菱湖千字文の法帖は、楷書・行書・草書・章草・隷書の5書体がある。楷書 千字文は、大字・中字・細字の3種があり、明治時代に大量に重版されたので、他の法帖に比べて出版年や出版形態の種類は多い。

巻菱湖法帖について
長年、菱湖の法帖は 200 種類以上刊行されたといわれてきたが、ようやくその全貌に近づ いている。北川博邦氏が平成 22 年に「巻菱湖法帖目録」を刊行したことが大きい。目録には北川氏が知る全ての菱湖法帖を記し、その全てにタイトルも付けている。それに足して 平成 25 年時点では 156 種にタイトルがついている。この他にも、北川氏と巻菱湖記念時代館のタイトル不明のものが合計で 20 種以上は確認されていることから、180 種は確実に刊行されたことになる。これは 1 回分の刊行の話であり、当然版を変え、繰り返し刷られたものもあれば、1 回の刷で刊行をやめてしまったものもあるかと思う。その繰り返し刷られ、刊行年の違うものや版元(出版社)が違うもの、それに加え刊行形態(折帖・冊子) の違うものも含めると 500 種程に分けることが出来る。なぜここまで多くの菱湖法帖が刊行されたかというと、大前提として菱湖流が菱湖没後も流行り、主流であったという事があるが、没後に弟子たちが持っていた肉筆の手本を刊行したであろうことと、明治に入り国の教科書に菱湖風が用いられたことも一つの要因であろう。

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