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花鳥蒔絵螺鈿聖龕

かちょうまきえらでんせいがん

概要

花鳥蒔絵螺鈿聖龕

かちょうまきえらでんせいがん

その他 / 安土・桃山 / 九州 / 福岡県

福岡県

桃山

 観音開きの扉を付した薄い箱状の厨子に、聖画を描いた板絵を嵌めた額を慳貪式に納める。屋蓋部は唐破風様に造る。素地は木製で、総体を黒漆とし、全面に金銀の平蒔絵と螺鈿を併用して、幾何学文や花鳥文を細密かつ充填的に表す。屋蓋部の上面には朝顔蔓草、左右側面に鉄線蔓草を蒔絵し、扉召し合わせの定規縁と底部框板の正面には螺鈿で石畳文を表す。さらに、厨子、額それぞれの外縁には、螺鈿による七宝繋文や鋸歯文を廻らす。このほか、額上方に設けられた外区には、蒔絵による花唐草文、花菱繋文などを配する。また、額の方形枠の外縁内区には、楕円と菱形の刳り形を交互に配し、それぞれの見込みに家紋や種々の花文を一顆ずつ表している。これらの各区の境界には、南蛮唐草文を蒔絵で廻らす。
 扉の表は、それぞれ七宝繋文螺鈿蒔絵の入隅形の枠を設け、内区は土坡を中段に配して上下に区切り、桐・撫子・桜・柳・椿・橘などの花樹に尾長鳥や兎などの鳥獣を交えた花鳥図を蒔絵螺鈿で表す。扉の内側は、同じく七宝繋螺鈿蒔絵の入隅形枠に、左扉は藤・鳥を螺鈿蒔絵で表し、右方は土坡で上下二段として、菊・萩・桔梗に鳥を螺鈿蒔絵で表す。
 厨子の背面には、土坡と霞を下方に配して、柳・橘の樹間を尾長鳥が飛び交う様を、平蒔絵に絵梨地を併用して、全画面に表す。
 額に納める聖画は、銅板に油彩で描く。中央に戴冠のマリアとその膝元に眠る幼子キリストを配し、右方に人差し指を口にあて、右手に十字架を持つ聖ヨハネ、左方のマリアの背後にヨゼフを描く。ヨハネの手にする十字架には一流の幡が流れ、「ECCE AGNVSDEI」(この子羊なる人をみよ)とあり、さらに画面下辺には文字帯を設けて「EGO DORMIO ET CORMEV VIGILA」(我は眠る、されど心は目覚めて)のラテン語が記される。
 厨子の各所に付された金具は、銅製鍍金で、左右扉の外辺上下に魚々子地菊花文蝶番を、扉合わせ目に付された定規縁の上下と中央には魚々子地唐草文金具を打ち、左右扉の中央には菊座に丸鐶と鍵形掛金具を設ける。また、屋蓋部の左右肩両端と底部框板の左右両端には魚々子地葡萄文金具を打つ。

(厨子)高61.5  幅39.5  奥行5.0 (㎝)
(額) 高56.9  幅36.0  奥行3.0 (㎝)

1基

福岡県太宰府市石坂4丁目7−2

重文指定年月日:20160817
国宝指定年月日:
登録年月日:

独立行政法人 国立文化財機構

国宝・重要文化財(美術品)

 聖画を収納する聖龕で、桃山時代に我が国からヨーロッパへ向けて輸出された漆器の一つである。
 我が国では、十六世紀後期から十七世紀前期にかけて、ポルトガルを中心とするいわゆる南蛮交易において、箪笥や櫃などの調度品を主に、数多くの輸出用漆器が製作された。これらは、南蛮様式の輸出漆器で、いわゆる南蛮漆器と呼ばれる。これら南蛮漆器の特色は、螺鈿を多用することや幾何学文の縁取りによって装飾面を明確に区画すること、そしてその区画内部に花鳥文などを充填する表現を施すことなどが挙げられる。これらの額縁的な明確な区画、空間充填的な装飾は、インドやイスラムの装飾様式の影響を受けたものとされ、当時の国際交易の有様を物語っているといえよう。
 我が国における輸出漆器の製作は、十六世紀半ば以降日本を訪れたキリスト教宣教師らによって、布教活動に不可欠な道具として祭儀具が注文されたことに始まると考えられている。祭儀具とは、聖餐式に用いる聖餅を納める聖餅箱や聖書を置くための書見台、聖画を納めるための聖龕などである。その製作の担い手は、京における漆工職人らを中心とした集団であったと思われ、蒔絵とともに螺鈿が多用され、花鳥文を充填的に配置する意匠が施された。これら我が国で製作された祭儀具は、宣教師たちの帰国に際して持ち帰られたものもあると思われる。また、それと同時期、あるいはやや遅れて、交易品として本国における注文を受けて輸出されたものも少なくない。
 本件は、恐らく祭儀具として注文を受けて製作、輸出されたものと思われる。伝来は未詳ながら、近年里帰りしたもので、国内に現存する聖龕としては最大のものである。金銀蒔絵に螺鈿を併用し、幾何学文や花鳥文を全体に隈無く充填して、豪華荘重な意匠が施されている。横溢する螺鈿および蒔絵の意匠や全体の構成は、桃山時代でもやや下って、南蛮漆器の螺鈿意匠がほぼ完成した印象が漂う。また、背面に大きく描かれる花鳥図は、平蒔絵に絵梨地を交えたもので、高台寺蒔絵との関連性が強く感じられる。現存する聖龕において、背面にも装飾を施した例は、類例をみない。いずれにしても、総体に特に入念で優れた作行きを示す優品である。一方、外郭としての厨子に絵画を嵌めた龕を慳貪式に納める方式は、重要文化財・花樹鳥獣蒔絵螺鈿聖龕[東京都・独立行政法人国立文化財機構蔵(東京国立博物館保管)]や花鳥蒔絵螺鈿聖龕[東京都・公益財団法人サントリー芸術財団蔵(サントリー美術館保管)]など、現存する他例も多く、聖龕として当時一般的な構造であったと思われる。また、銅板に聖家族と聖ヨハネを描いた聖画は、精緻かつ丁寧に描かれており、正確な人物表現や総体に金彩が多用される点などは、やや特徴的で、少なくとも日本における写しや複製などにみられる構図の崩れなどはない。作者、製作地ともに不明ながら、この聖龕が輸出された先、ヨーロッパあるいはその周辺において、聖画を後から製作し、額縁に嵌装されたものと思われる。
 本件は、キリスト教の祭儀具である聖龕として、国内に現存する遺品の中では最大で、かつ精緻な漆工技術を駆使した豪華な装飾が施された優品である。また、螺鈿を多用し、かつ区画した内区に充填的な意匠を配置するなど、中世末から近世最初期における国際交易の様相を反映した遺品として貴重であり、南蛮様式の輸出漆器の一つの典型を示す代表作である。

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