巻菱湖法帖「行書・蘭亭記 ① (冊子)」 らんていき

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 / 江戸  明治 / 日本 

巻菱湖 (1777~1843)
まきりょうこ
江戸時代後期

巻菱湖45歳の書で「行書・蘭亭記 ①」の習字手本。

巻菱湖の蘭亭記は2種あり、45歳の時の書と65歳の時の書になる。一般的に知られているものは晩年の65歳の書になり、掲載品の45歳書のものは珍しい。

この掲載品の45歳書の蘭亭記は、伊勢・津から刊行されており、巻菱湖45歳の時には伊勢津藩主の藤堂高兌候が息子の書法の師を選ぶにあたり、江戸・京都・大坂の名のある書家に家臣を入門させ、蘭亭序の臨書を頼み、比較して巻菱湖を師と決めた年であり、恐らくその蘭亭序の臨書を刊行したものであると思われる。

巻菱湖法帖について
長年、菱湖の法帖は 200 種類以上刊行されたといわれてきたが、ようやくその全貌に近づ いている。北川博邦氏が平成 22 年に「巻菱湖法帖目録」を刊行したことが大きい。目録に は北川氏が知る全ての菱湖法帖を記し、その全てにタイトルも付けている。それに足して 平成 25 年時点では 156 種にタイトルがついている。この他にも、北川氏と巻菱湖記念時代館のタイトル不明のものが合計で 20 種以上は確認されていることから、180 種は確実に刊行されたことになる。これは 1 回分の刊行の話であり、当然版を変え、繰り返し刷られたものもあれば、1 回の刷で刊行をやめてしまったものもあるかと思う。その繰り返し刷られ、刊行年の違うものや版元(出版社)が違うもの、それに加え刊行形態(折帖・冊子) の違うものも含めると 500 種程に分けることが出来る。なぜここまで多くの菱湖法帖が刊行されたかというと、大前提として菱湖流が菱湖没後も流行り、主流であったという事が あるが、没後に弟子たちが持っていた肉筆の手本を刊行したであろうことと、明治に入り国の教科書に菱湖風が用いられたことも一つの要因であろう。

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