名士弔葬

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日本画 

菊池契月 (1879-1955)
キクチ、ケイゲツ
明治41年/1908
彩色・絹本・屏風2曲・1双
各167.0×187.0
左隻左下に落款、印章
2回文展(「名士故聖を弔す」) 日本美術協会所属桜岡列品館 1908

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名士弔葬(めいしちょうそう)  二曲一双

菊池契月

絹本著色
各一六八・五×一八八・〇
明治四十一年(一九〇八)
東京国立近代美術館

菊池契月(一八七九〜一九五五)は十三歳頃より絵を学び始め、一八九六年京都に出た後四条派の菊池芳文に入門、急速に画技の進展を見せる。師芳文の養嗣子となり、開設された文展に出品して立て続けに二等賞を受賞。以後文展、帝展の花形作家として活躍する。また、京都市立美術大学名誉教授までつとめ、多くの後進の指導にあたった功績も大きい。この作品は第二回文展において二等賞第一席となったものである。中国の故事に想を得たものともいわれるが、発表当時の題「名士故聖を弔す」などからその意を想像するのみである。弔われる対象は表現されず、謹直な線と典雅な色彩によって、死を悲しむ男性と女性の群像がそれぞれ両隻に描かれている。この年岡倉天心率いる東京の画家たちが文展から離反したことで、京都画派の生ぬるい画風に対する世評には厳しいものがあったが、本作品が契月の画家としての地位を確固たるにしたことは間違いない。

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供燈(くとう)
供燈(くとう)

菊池契月

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