大王岬に打ち寄せる怒濤

絵画  油彩画 / 昭和以降 / 日本 

藤島武二 (1867-1943)
ふじしまたけじ
1932(昭和7)年
油彩・キャンバス
73.3×100.4
額装

 藤島武二の『大王岬に打ち寄せる怒涛』は、はじめ『大王岬に打ちつける激浪』と題して1932年(昭和7)10月の第13回帝展に出品された。岬の岩場をV字形に裁断して前景をつくり、その切目から海をのぞかせて、水平線と朝の空にひろがる雲を後景に配した構図はずいぶんシンプルで、よけいな細部にまどわされることなく、みるひとの視線は一気に荒れぎみに波だつ海面へと誘われる仕掛けになっている。岩にぶつかって激しく散りひろがるばかりでなく、岬をかけあがり滝のように落下してしばし海を白い泡と化す、きりもなく変幻した波のエネルギーがなによりもまづ印象にのこるが、それだけではない。
 動ではなくて静。ちからの発現よりもちからの保持。藤島が描きたかったのは、海のもつ動的な生態をこえてその圧倒的なちからさえちっぼけとみせるもうひとつの顔というか、すべてを包みこんで平然と明るい海の静かさゆえの大きさのほうではないか。どうもそんな気がする。運動を象徴するのが波だとすると、太虚のようなしずけさを暗示するのは水平線である。ついでにいうとこの水平線はいま昇ろうとする太陽さえその胎内に抱きかかえているのだ。
 太陽が登場するはずのその露払いともいうべき舞台の「おおきさ」がほしかった。大なるかな自然。それをつくるために藤島がはらった工夫の一端は、やはり『大王岬に打ち寄せる怒涛』と題された別の作品(ひろしま美術館蔵)とくらべてみればよくわかる。ぜんたいの構図にほとんどちがいはない。ひろしま美術館蔵品の場合直下の海に頭がみえた岩をとりのぞき、崖に必死にしがみついた樹木をひとまわり小さくし、沖をゆく船も水平線ちかくまで遠ざけた、たったそれだけで、風景の構えはいちだんとおおきくなり深くなった。力量というほかはなくて、すべてはととのい、あとは太陽がのぼるだけでいい。(東俊郎)

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