大阪は位置や地勢、歴史的経緯から、各時代を通じ内外の交流拠点であり、文化・自然遺産は変化に富む。三方は山、西は瀬戸内海に開く中、淀川、大和川の流れが大阪平野を形作り、人と自然の営み、人と物の交流が歴史を編んできた。縄文~弥生、巨大古墳の時代、難波宮、四天王寺・住吉社等々、近年大坂時代ともいわれる秀吉の時代、江戸時代〈天下の台所〉、明治時代〈東洋のマンチェスター〉など各時代の幾多の遺産が府域にのこる。
天野山金剛寺は奈良時代の開創とされ、南北朝の争乱期に両朝の行在所が置かれた寺として有名。二つの建物は伽藍の一画に並び建ち慶長11年(1606)の建設である。当初材をよく残し、中世の様式を伝える仏堂として価値がある。
古墳時代前期の前方後円墳。出土した副葬品には貴重なものが多く、中でも「方格規矩四神鏡」は「伝世鏡論」(製作後に1世代以上の長期にわたって継続使用したとする)の根拠として常に引用されるなど、古墳時代史の基準史料としても貴重な古墳である。
明治8年(1875)に設立された府立大阪博物場に、明治から大正時代にかけて蒐集された世界各国の貨幣と章牌類のコレクションである。日本・中国・朝鮮をはじめ、古代ギリシャ・ローマ・欧米の資料が系統だって蒐集されており、日本の博物館史上、貴重である。