大蔵姓成冨家譜 おおくらせいなりどみかふ

歴史資料 文書・書籍 / 江戸 / 佐賀県

  • 佐賀県
  • 江戸時代後期
  • 紙本墨書 冊子装
  • 縦26.2cm 横19.1cm
  • 3冊
  • 佐賀市松原2丁目5-22
  • 公益財団法人鍋島報效会

鍋島直弘(1618~61)は、元和4年(1618)初代佐賀藩主鍋島勝茂の四男として、正室・高源院との間に誕生した。その誕生前後の逸話が、佐賀藩士成富兵庫茂安の生涯について江戸時代後期に編纂されたとみられる本資料に載せられている。
直弘を身籠っていた高源院が霊夢を得たことを知った勝茂は、この子は必ず男子であり、成人後は「武勇の達人」になるだろうと予見した。ほどなく無事に男子が誕生したことから、勝茂は「その守り立てには誰をか申し付くべし、成富兵庫に過ぎたるは有るべからず」と考え、その養子とした。茂安のもとで直弘は、「霊夢の如く武備の御鍛練ふかく、乱世に御出身ならば、如何計り武名をか顕し給ふべき」というほどだったと伝える。
やがて寛永10年(1633)、勝茂は成富家の知行から1,000石を直弘に分知させて一家を創設。さらに同19年に6,000石を与え、正保3年(1646)に鍋島姓に復して一門とした(鍋140-2「御親類始御家老迄家々之大概」)。こうして分家の白石(しらいし)鍋島家が創設された。

大蔵姓成冨家譜 おおくらせいなりどみかふ

ページトップへ