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西園寺実氏夫人逆修願文〈弘安五年十月八日/〉

さいおんじさねうじふじんげきしゅがんもん

概要

西園寺実氏夫人逆修願文〈弘安五年十月八日/〉

さいおんじさねうじふじんげきしゅがんもん

その他 / 鎌倉 / 関東 / 東京都

東京都

鎌倉

1巻

東京国立博物館 東京都台東区上野公園13-9

重文指定年月日:19900629
国宝指定年月日:
登録年月日:

独立行政法人国立文化財機構

国宝・重要文化財(美術品)

 太政大臣西園寺実氏(一一九四-一二六九)の夫人であった藤原貞子(一一九六-?)が八七歳の弘安五年(一二八二)十月、みずからの逆修供養を行った際の願文である。
 貞子は、権大納言藤原隆衡【たかひら】の娘で、西園寺実氏の夫人として、大宮院〓子(後嵯峨天皇の中宮)、東二条院公子(後深草天皇の中宮)らを生み、後深草、亀山両天皇の外祖母として二品准后、北山准后などと称された。没年は未詳だが、少なくとも九六歳の長命を保ったことが知られる。
 体裁は巻子装で、料紙は楮紙六紙を継いで金泥にて折枝、鳥、蝶などの下絵を描き、さらに雲母引して用いている。本文は一三行前後に温雅な書風で書かれ、まず七日間にわたる供養の次第、ついで自身とその子孫の繁栄及び逆修供養の趣旨を述べ、末尾には弘安五年十月八日の日付と、「弟子菩薩戒尼尊深敬□【(白カ)】」と願主(貞子)の名がある。
 本巻の筆者については、箱書に近衛三藐院の筆で「世尊寺殿経尹 巻物」とあり、筆者を世尊寺家第十代の経尹(一二四二-?)と伝える。当時、経尹は能書の家系世尊寺の当主として弟定成と共に活発な能書活動をしているが、願主貞子の地位、料紙の装飾、文章の筆跡等よりみて、本巻が経尹の手によって清書された可能性は高いものがある。鎌倉時代における貴族の信仰、文化を具体的に示す願文として、また世尊寺流を代表する書道遺品として、鎌倉文化史上に貴重である。

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