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春記〈永承三年/〉

しゅんき

概要

春記〈永承三年/〉

しゅんき

その他 / 鎌倉 / 近畿 / 大阪府

大阪府

鎌倉

3巻

大阪市中央区道修町2-3-6

重文指定年月日:19990607
国宝指定年月日:
登録年月日:

公益財団法人武田科学振興財団

国宝・重要文化財(美術品)

 『春記』は祖父藤原実資の養子で小野宮家の嫡流となった資房(一〇〇七-五七年)の日記である。日記には摂関藤原頼通批判の記事を含むなど、平安時代中期のまとまった日記の第一に挙げられる。
 書名は、資房が参議兼東宮権大夫に任じていたところより、東宮(春宮)から「春記」と称された。また名前から「資房卿記」、小野宮流から「野房記」とも呼ばれている。日記の年代は、長暦二年(一〇三八)から天喜二年(一〇五四)に至るまで現存する。
 本巻は、永承三年(一〇四八)春上、春下、夏の三巻からなり、正月から六月に至る記事である。奥書によると、建久元年(一一九〇)に藤原俊成(一一一四-一二〇四年)が藤原能成に依頼して書写させ、さらに承元三年(一二〇九)に他本で校合が加えられている。
 本巻の僚巻として重文『花月百首撰歌稿〈藤原俊成筆〉』一巻(前田育徳会所蔵)がある。この巻子装の紙背は永承三年二月十四日後半より三月十三日前半までの『春記』である。本巻の「春上」最後の一行「被奉幣於春日大原野吉田今日可定申使□」の文字は、紙継目により半分欠けているが、前田育徳会本の最初の一行目とつながって完全な文字列となる。前田育徳会本最後の三月十三日前半部は、本巻の「春下」最初の十三日後半部の本文と連続することからも、前田育徳会本と本巻は一連の巻子で、もとは一巻であった。
 書写過程は、俊成が所持している書状類を藤原能成に与え、巻子装にして書写が行われ、書写終了後、折本装とされた。俊成は、約二五センチメートル幅に畳まれた折本装の「夏」巻末に書写の旨を書き付けた。折本装としたのは、儀式次第を参照しやすい形態にしたためであろう。内容も興福寺供養事・石清水臨時祭・賭弓・季御読経等の儀式関係である。承元三年(一二〇九)に至って他本で校訂の際には、折本装から巻子装に戻されている。
 紙背には、俊成自筆『花月百首撰歌稿』の「月十首」部分や撰者俊成になる勅撰集『千載和歌集』関係文書も多く用いられている。料紙は宿紙や白紙もあり、後世に紙背文書を相剥ぎされた箇所もある。
 平安時代中期の重要な日記である『春記』の永承三年分の最古本であり、紙背も藤原俊成関係文書として貴重である。

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