神坂峠遺跡 みさかとうげいせき

史跡 / 中部 

長野県
下伊那郡阿智村
指定年月日:19810904
管理団体名:阿智村(昭57・2・26)
史跡名勝天然記念物

 東西を伊那谷と木曽谷に挾まれ、南北を木曽山脈の恵那山と神坂山に挾まれた神坂峠(標高1595メートル)は、信濃と美濃の国境にあって、古くは信濃坂とも呼ばれ、美濃から信濃を経て、上野[こうづけ]・下野[しもつけ]に至る古東山道の要所であった。『日本書紀』の日本武尊の通行の記事や、『続日本紀』の大宝2年(702)の「岐蘇山道」開通の記事は、この峠と関連をもつものと考えられており、また延喜の官道(東山道)もこの峠を越えたと考えられている。
 考古学的知見としては、大正10年に鳥居龍蔵氏が峠越えの踏査を試み、須恵器破片の散布を発見したのが最も古いものであるが、戦後の昭和26年には、大場磐雄博士が峠の頂上付近を発掘し、石製模造品・土師類・須恵器等の出土品を得ている。さらに昭和42年および43年には、阿智村によって調査が行われた。その結果、祭祀関係遺物は総数1,300点余に達し、また調査地区の中央西寄りの部分で、径約4メートル、高さ0.7メートルの積石塚の遺構が発見されている。
 出土品の主体は、剣形・鏡形・有孔円板・刀子[とうす]形・斧形・鎌形・馬形・勾玉[まがだま]・管玉[くだだま]・棗玉[なつめだま]・臼玉等の石製模造品と、碧玉製管玉・ガラス小玉等の玉類であり、量的にこれに次ぐものとして、5世紀末から奈良・平安時代の須恵器、平安時代の緑釉[りょくゆう]陶器や灰釉[はいゆう]陶器があり、他に少数ながら、鉄製品の刀子・〓(*1)[やりがんな]・鏃[やじり]・斧等と、獣首鏡の破片、中世の陶磁器片が発見されている。これらの出土品は、この峠を越える旅人が、峠の神に長途の旅の平安を祈って、…

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