二月堂修二会記録文書 にがつどうしゅにえきろくもんじょ

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平安~昭和
293冊、2107通
重文指定年月日:19960627
国宝指定年月日:
登録年月日:
東大寺
国宝・重要文化財(美術品)

 東大寺二月堂修二会は、開山良弁の弟子実忠が天平勝宝四年(七五二)二月に観音像を安置して十一面悔過の行法を修したのを創始とするといわれ、以来、治承四年(一一八〇)平氏の南都焼打、寛文七年(一六六七)の二月堂焼亡や今次の敗戦などのいくたびかの災禍があったにもかかわらず、これらを乗り越えて不退の行法と意識されて現在におよんでいる。指定にあたっては、こうした二月堂修二会の歴史的変遷を考慮して第二次大戦終結後の昭和二十一年(一九四六)までをその範囲とした。
 本記録文書の中心は修二会中の参籠を記録した「二月堂修中日記」であり、昭和二十一年まで総数二九三冊を数える。その内容、体裁から三段階・三種類からなり、①保安五年(一一二四)から宝暦十四年(一七六四)までを記録した「大双紙」と称される「二月堂修中練行衆日記」(数年単位)、②両堂練行衆が享徳三年(一四五四)から文久三年(一八六三)までを記録した「双紙」と称される「二月堂練行衆日記」(数年単位)、③貞亨五年(一六八八)から現在にいたるまで、堂司が記録する形式の「二月堂修中日記」(各年単位)に分類される。いずれも良弁御忌日に当たる前年の十二月十六日に発表される上・下七日の行法に参籠する練行衆の交名と配役の次第以下を記載し、巻末において二月堂参籠期間中に起こった出来事、修二会に関連する記載等を記している。これらの記載記事中には、例えば、永禄十年(一五六七)「眉間寺之城仁所楯籠松永彈正為退治」という松永久秀と三好三人衆との合戦記事などの歴史上に注目すべき事件の記述を含んで価値が高い。
 修二会は時代が降るに…

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