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赤間関朝鮮通信使関係資料

あかまがせきちょうせんつうしんしかんけいしりょう

概要

赤間関朝鮮通信使関係資料

あかまがせきちょうせんつうしんしかんけいしりょう

歴史資料/書跡・典籍/古文書 / 江戸 / 中国・四国

任守幹・南玉・成大中・元重挙

江戸時代/1700年代

紙本墨書・まくり

正徳元年朝鮮通信使副使任守幹詩書:32.5cm×42.6cm 宝暦14年朝鮮通信使製述官南玉筆語書:30.5cm×52.0cm 宝暦14年朝鮮通信使製述官南玉詩書38.5cm×54.2cm 宝暦14年朝鮮通信使正使書記成大中筆語書:38.5cm×54.8cm 宝暦14年朝鮮通信使副使書記元重挙筆語書:35.3cm×59.5cm 宝暦14年朝鮮通信使副使書記元重挙詩書:37.5cm×55.5cm 宝暦14年朝鮮通信使副使書記元重挙詩書(長歌):34.0cm×59.5cm

7点(うち、朝鮮通信使壇ノ浦懐古詩1点 波田嵩山朝鮮通信使唱酬詩並筆語6点)

下関市指定
指定年月日:20150421

有形文化財(美術工芸品)

朝鮮通信使は阿弥陀寺での安徳天皇哀悼の詩作(壇ノ浦懐古詩)を慣例とし、同寺「由来書」によると、江戸時代には16点の詩書が確認される。これらは近代に散佚したものと思われていたが、平成元年(1989)に赤間神宮で任守幹詩書1点が確認され、阿弥陀寺における朝鮮通信使詩作を証する唯一の実物史料となった。また波田嵩山朝鮮通信使唱酬詩並筆語は、萩藩永代家老益田家の重臣である波田家に伝世したもので、嵩山と宝暦14年(1764)の朝鮮通信使随員が筆談によって唱酬した際の朝鮮通信使随員の詩書と筆語書である。

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