行書王史二氏墓誌銘稿巻 ぎょうしょおうしにしぼしめいこうかん

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 /  / 中国 

黄庭堅筆
制作地:中国
北宋時代・11世紀
紙本墨書
1巻

 この巻物(まきもの)は、中国・北宋時代11世紀の書家として名高い黄庭堅(こうていけん)が、2人の人物のため別々に記した「墓誌銘」(ぼしめい)の草稿(そうこう)、つまり下書きの文章を、一巻に仕立てたものです。墓誌銘(ぼしめい)は、死者の生前の経歴や行いを述べた文章を、石や金属の板に記したり彫ったりして、墓の中に納めたものをいいます。
 1つ目の書は、王潨(おうそう)という人物について記しています。王潨(おうそう)は黄庭堅(こうていけん)の母方(ははかた)の縁戚にあたり、7人の息子と3人の娘をもうけました。黄庭堅(こうていけん)はその息子の一人、王楙(おうぼう)から、この墓誌銘(ぼしめい)の執筆を依頼されました。王潨(おうそう)の一族は代々、村の葬礼(そうれい)や祭祀(さいし)をとりしきる家系であったため、人望(じんぼう)が厚かったことが述べられています。
 2つ目は、史扶(しふ)という人物の墓誌銘(ぼしめい)の草稿(そうこう)です。史扶(しふ)は家が貧しく、役人となるために何度も受験しましたが、なかなか合格できませんでした。門戸を閉ざして読書に励むうちに、役人の子弟の中には、月謝を払って、史扶(しふ)に学問の教えを乞(こ)うものが現れるようになりました。史扶(しふ)は、とりわけ詩を作ることに優れ、周囲の人々から称(たた)えられたといいます。
 筆者の黄庭堅(こうていけん)は、23歳で役人の採用試験に合格したものの、政治闘争に巻き込まれ、たびたび左遷(させん)されました。学問や文芸を好んだ彼は、当時の文人として名高い蘇軾(そしょく)に師事し、優れた弟子のひとりとして認められるようになりました。この2つの書は、死者が埋葬された時期によって、1番目の書が黄庭堅(こうていけん)42歳ころ、2番目の書が55歳ごろ記されたものとわかります。いずれも文章を推敲(すいこう)したあとが多く、黄庭堅(こうていけん)の普段の筆づかいや、書いた年齢による書風(しょふう)の変化が窺えます。巻物の前後には、歴代の収蔵者や鑑賞者によって、鑑賞の記録が書かれ、多くの印が押されており、この巻物が、現在まで大切にされてきたことがわかります。

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