都の南蛮寺図 みやこのなんばんじず

歴史資料  絵図・地図 / 安土・桃山 / 日本 

狩野宗秀筆
かのうそうしゅう
桃山時代
紙本金地著色
上弦50.6×下弦21.2×幅19.7cm
池長孟コレクション

 イエズス会が京都布教の拠点として四条坊門姥柳(うばやぎ)町(中京区蛸・たこ・薬師室町西入ル)に建立した3階建ての聖堂を描く。織田信長の許可のもと、高山図書(ずしょ)(右近の父)らの援助を得て天正4年(1576)に献堂式をおこなった。正式には被昇天の聖母教会と呼ぶ。バテレンの寺は新たな京名所として見物人でにぎわったが、同15年に豊臣秀吉が出した宣教師追放令によって破却されたという。門前には南蛮帽子を売る店も見えている。
 もとは全61枚の京名所扇面画帖に含まれていたもの。南蛮寺を描く洛中洛外図はこの1例のみで、天正期にさかのぼる古例である。各図に捺(お)された「元秀」朱文壷印から、筆者は狩野永徳の弟で、信長や秀吉の画事をつとめた宗秀(1551~1601年)とわかる。

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