ペリー提督寄贈の洋酒びん2本(小島家旧蔵・旧花光コレクション)
ぺりーていとくきぞうのようしゅびん2ほん(こじまけきゅうぞう・きゅうはなみつこれくしょん)
概要
安政元年(1854)3月3日、日米和親条約が締結され伊豆下田と函館の開港が決定された。下田は調印日から函館は翌年3月からの開港となった。函館の開港にさきがけて、ペリー艦隊2隻が函館港の調査のため4月15日に入港、21日には残り3隻の計5隻が入港した。ペリー来航にあたって、松前藩からは家老松前勘解由が、その対応のため函館に入り、市中には住民行動の規制に関する御触がだされ緊張が高まった。22日には第1回目の交渉が市内の山田寿兵衛宅が行われ、5月6日には松前藩士に江戸から来た幕史が加わりさらに踏み込んだ交渉が行われた。この間、ペリー一行は市内での買い物なども行っている。下田での会談期日が迫っていることから、5月8日にペリーは函館を出港した。
この資料は、ペリー来航時函館の町名主を務めていた小島家に伝来していたものである。この資料がペリーから小島に渡されたものかは不明である。当時、ペリー一行から受け取った品は町役所へ提出する御触が出されている。小島は箱館奉行所の梨本弥五郎と関係が深く、さらに妹が箱館奉行所諸術調所教授の武田斐三郎に嫁いでいることなどから、入手した可能性はある。この他に同色のものが茨城県立歴史館に、白色で3種類4本のものが長野県の上田市立博物館にある。
昭和43年(1968)、アメリカ・スミソニアン博物館で「ペリー展」が開催された際にペリーゆかりのものとして出品されている。
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