豊臣秀吉朱印状 とよとみひでよししゅいんじょう

歴史資料  文書・書籍 / 安土・桃山 / 日本 

桃山時代/天正16年(1588)4月2日
46.4×66.2cm

 長崎は、元亀元年(1570)キリシタン大名大村純忠(すみただ)によって開港された。以来ポルトガルとの貿易港として、またキリスト教布教の根拠地として繁栄し、天正7年(1579)にはイエズス会に寄進された。
 豊臣秀吉は、九州平定後の天正15年(1587)6月博多でキリスト教の禁令を発した。このときに長崎は秀吉に没収されたが、もとの領主大村氏の求めに応じて返還された。天正16年4月2日、秀吉は再び長崎を直轄地とする。本状はその際に出された朱印状で、鍋島飛騨守(ひだのかみ)信生(直茂)を代官に任じ、物成(ものなり)(田畑の年貢)などを上納するよう命じたものである。鍋島直茂は、肥前藩祖となった人物。

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