染付花鳥文I.C.文字入瓶
そめつけかちょうもんあいしーもじいりびん
概要
"西洋人はこの形式の瓶をガリポットと称する。ガレー船で使用されていた船徳利を意味するのであろうか。ガリポットは、ものを貯蔵するための瓶を指し、主に薬瓶として使用された。栓をして油紙などで口をおおい、その油紙を紐で締めつけておくのに便利なように、口べりのすぐ下に磁器の鍔(つば)がついている。
フオルカーの『磁器とオランダ東印度会社』によると、「1653年(承應3)11月12日付、出島から台湾宛の手紙の中に、バタビアの薬局向けに、ガリポット2,200本を積んだウィッテ・ファルク号がトンキン経由バタビアに出帆したという」、この記述がある。海外の文献によって明らかにされている日本磁器のオランダ側に対する最初の輸出は、おそらくこの種のガリポットであったに相違ない。
ガリポットの胴や底裏に、月桂冠を描き、その中にアルファベットの頭文字をいれてある場合がある。クリーヴランド美術館東洋部にいたマーチン・ラーナーの研究によれば、I.C.の頭文字のうち、オランダではIをJと読むことが判り、彼はこのI.C.は出島の商館長であったヨハネス・カンファイス(Johannes Camphuys)をさすものであるとの論文を、1967年の同館館報に発表している。
出島の商館長の職にあった人々のうち、I.C.の頭文字に該当する者が二人いる。ヨハネス・カンファイスとヤン・クランス(Jan Crans)である。カンファイスは寛文11(1671)年から廷宝4(1676)年にかけて商館長を三度つとめ、後に東印度総督となった。クランスは1763年から1769年の間に、やはり商館長を三回つとめたが、この時代には、オランダ東印度会社は日本との磁器取引を行なっていないからI.C.頭文字に該当するのは、前者のヨハネス・カンファイスと考えるのが妥当であろう。
カンファイスは、大の親日家、知日家であった。彼が東印度総督の任にあったとき、ドイツ人のケンペルを出島商館付医官として日本に招聘した。ケンペルは僅かな日本滞在にもかかわらず、かの有名な『日本誌』を著わすことが出来たのは、カンファイスが自分で集めた日本に関する資料を彼に惜しみなく与えたからである。だが、この事実はあまり世間には知られていない。
なお、今日までに判明しているI.C.文字入瓶の所蔵者は下記の通りである。
1.ポートランド美術館(アメリカ)
2.クリーヴランド美術館(アメリカ)
3.ホノルル・アカデミー(アメリカ)
4.ヴィクトリア&アルバート博物館(イギリス)
5.プリンセスホフ博物館(オランダ)
6.神奈川県博物館
7.宮崎八郎氏(唐津)"
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