不動明王立像
ふどうみょうおうりゅうぞう
概要
この像を有する真言寺は文久年間の創立で、明治4年(1871)に火事で焼け、明治6年に現在地に移ってきたと伝えられている。最初は真言宗であったが、現在は天台宗の宗派となっている。
寺伝では、この像は奈良興福寺から南部毛間内(現鹿角市)を経て当寺に渡ってきた室町時代のものとあるが、相当古い仏像というだけで定かではない。
大日如来の化身で破邪顕正(けんじゃく)をおこなう不動明王は、童顔で額にしわがあり、頭髪を左肩に垂らし、右手に宝剣と左手に羂索を持っており、この像は忿怒の相を見事に表現している。しかし、通常は脇士として勢多迦(せいたか)童子と金迦羅(こんがら)童子を侍せているが、この像にはない。光炎は後世のものである。
かつては、この寺の周辺は盛り場が近く、花柳界その他の人々から不動明王のお寺として永い間信仰を集めていたものである。
文化庁 〒602-8959 京都府京都市上京区下長者町通新町西入藪之内町85番4 メール:online@mext.go.jp
共同運営NII Powered by GETA (C) The Agency for Cultural Affairs