c) 保存修復の歴史 ii) 法起寺
 法起寺の三重塔は1262年と1678年に修理している。明治以降では、1898〜99年と1972〜75年の2度にわたって修理している。その体制・方式は法隆寺の歴史的建造物とほぼ同じである。また、自動火災報知設備・消火栓設備等の防災設備も設置し、保存の万全を期している。これら事業の内容・調査結果・図面・写真等の記録は報告書にまとめ、1975年に発刊している。

iii)保存修理事業の成果
 法隆寺地域の歴史的建造物の保存修理事業、とくにその第2期事業において、修理工事の施工と並行して学術的な調査を徹底して実施した。それら建造物は、創建以来の長い年月の間に修理やそれに伴う部分的な改造を受けていたが、それらの修理では使用可能な部材はそのまま使用し、ときには古い部材を転用したこともあって、幸に創建当初からの部材が多数残存していた。学術的な調査では、これら部材に残る部材同士の当り痕跡や部材を組合わせた仕口の痕跡などを丹念にたどり、それぞれの部材の機能を明確にすることができた。それによって、建築技術の時代的な変遷を詳しく解明し、創建当初の様式・構造やそれまでの修理にともなう改変も明らかにすることができた。この調査成果から、どのような修理を実施するのか、その方針を明確にすることが可能になったのである。さらに、修理にともなってその地下の発掘調査を実施する原則もこのときに確立した。
 これらの調査結果と修理内容をすべて報告書にまとめて刊行することは第1冊目の1935年発行『東大門修理報告書』以降、慣習となった。報告書の一例を添付する(別添参考資料3 法隆寺五重塔修理工事報告書(1955年刊行))。また各建造物とも、修理前と修理後の状態を正確詳細に大型図面として記録し、文化庁で保存している。その数は700枚を越える膨大なものであるが、主要な建造物の例を数枚参考に添付する(別添参考資料4 修理工事記録図面)。これらの調査結果に基づいて書かれた歴史学・建築史学・考古学などの論文も枚挙にいとまないほど多く、この保存修理事業とそれにともなう学術調査が学界に寄与したところは多大であった。
 この91年間に実施した法隆寺地域の歴史的建造物の調査・修理・保存の事業は、日本の文化財保護の歴史における巨大な金字塔であり、木造の歴史的建造物の保存における世界的な事業であったということもできよう。

付属資料12
保存事業年表

付属資料13
保存事業完了建造物配置図

別添参考資料2
日本の歴史的建造物保存関係英文論文

別添参考資料3
法隆寺五重塔修理工事報告書複製本

別添参考資料4
修理工事記録図面(13枚)


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