
c)小屋組の構造と屋根
小屋組は、水平に組まれた桁と梁の上に1間毎に叉首台を並べ、その上にそれぞれ1組の叉首を組む。叉首尻は細く削って叉首台の両端部にあけた穴に差し、先端の組み手は相欠きとしてマンサクの木で縛り、組手の上に棟木を乗せる。勾配は60度に近い急勾配とするが、建築年代の古いものほど勾配は緩く、新しいものほど急になる傾向がみられる。叉首台上には木や竹の簀子、あるいは板を並べて床を造り、小屋内が利用できるようにしているが、さらに、叉首によって造られる三角形の空間を2-3層、規模の大きな家屋では4層に分けて、高度な利用を図っている。小屋内の利用は主に養蚕の作業場にあてるためである(図4)。
小屋内に層を造る場合には、ガッショウバリと称する水平材を叉首に差して鼻栓で留め、その上に簀子を並べて床を造る。妻は板壁としているが、通風と採光のために窓を開けて明り障子などの建具を建てる(白川郷では妻の壁はやや外側に傾斜して造るが、五箇山地方では垂直に立てるのが普通である)。叉首の上には丸太の横材(ヤナカ)を置き、垂木を並べ、葭簀を張って茅葺きの下地とする(図2-4)。なお、切妻造り屋根の構造上の弱さを補うために、叉首の外側または内側に大小の数組の筋違いを襷に入れている(図2-4)。
以上の小屋構造を日本の一般的な民家と比較すると、その特色は次のようになる。
日本の農家では、寄棟または入母屋造りの茅葺き屋根とするのがほとんどである(図5-1、2、3、図6-1)。切妻屋根とする場合には、棟方向の外力に耐えるために、小屋貫で固めた小屋束で棟木と母屋を支える構造とし、叉首構造を採用しないのが普通である。この場合、勾配は20度以下の極めて緩いものとなり、したがって、茅葺きではなく板葺きとする(図6-2)。これらのことからすると、切妻造りでありながら、叉首構造を採用し、茅葺き屋根としている合掌造りの家屋は極めて特異な存在といえる。
合掌造り家屋が叉首構造を採用したのは、豪雪地帯で屋根勾配を急にする必要があったためでもあるが、小屋束や小屋貫に邪魔されない広い空間を小屋内に確保したかったからでもある。同様に、一般的な日本の茅葺き屋根の民家では、屋根の勾配は45度以下とする場合がほとんどであるが、合掌造り家屋では60度に近い急傾斜の屋根としているのも、豪雪と小屋内の利用のためである。
叉首構造の構造上の弱点がありながら切妻造りとしたのも、小屋内を養蚕の作業場とするために妻からの通風と採光が必要であったからであるが、この構造上の弱点を屋根野地面に筋違いを入れることによって解決していることは、合掌造り家屋にのみに見られる独特の工夫であり、他の地方の民家には見られないものである。
以上のことから、日本の一般的な農家が、軒の低い地に伏せるような屋根で、周囲の自然に調和し、融け込むような外観(図5-1、2、3)であるのに対し、合掌造り家屋は、地面から立ち上がり、厳しい自然に対抗するかのようなイメージの外観(図1-1、2)となっていて、日本の他の地方ではみられない極めて特異な形態を持つ民家といえる。
なお、日本の一般的な民家では、小屋内は全く利用しないか、あるいは利用したとしても藁や茅などの資材をストックするといった消極的な利用であるが、これに対して、さまざまな工夫をして小屋内を養蚕の作業場などに積極的に利用している合掌造り家屋は、極めて特異な存在である。
先述したように、叉首台は桁と梁の上に置いて単にダボで横にずれるのを止めるだけとしているが、このことにより、屋根と小屋組から軸組部に伝わる力は単純な垂直荷重だけとなり、曲げモーメントは伝わらない合理的な構造となっている(図3)。 また、叉首尻を尖らせて叉首台に開けた穴に差し込んでピンに近い接点を造っていることや、引っ張り力を受けるための叉首台を薄い材料としている点などは、構造力学が明確に理解されていることを示している。このような合理的な造りとなっている叉首構造は、合掌造り家屋に限っていないが、それほど多くの例はない。合掌造り家屋が日本の民家のなかで、構造的に最も発達した形式に属する証拠の1つといえる。
