佐伯灯篭 さえきどうろう

民俗 無形民俗文化財

  • 選定年月日:19920225
    保護団体名:佐伯灯篭保存会
  • 記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財

 これは京都府亀岡市稗田野町佐伯に鎮座する稗田野神社の八月十四日の祭礼(もとは旧暦七月十四日・十五日)に渡御【とぎよ】巡行する神輿に供奉する灯籠の行事であり、役灯籠【やくとうろう】(神灯籠とも)と台灯籠【だいとうろう】の二種の灯籠が出る。役灯籠の製作や世話は、佐伯ほか稗田野町一帯の旧六か村の氏子が輪番で担当してきており、台灯籠の世話やそこでの人形浄瑠璃の上演は今は佐伯灯籠保存会が執り行っている(以前は台灯籠は財力のある願主がいっさいを世話していた)。
 役灯籠は、紅白の紙を巻いた竹の棒により組み立てられたもので(間口六六・五センチ、奥行き五五・五センチ、柱の高さ一八七センチ)五基あり、それぞれの中央部の台の上には年間の農作業の過程を表したものなどの人形が飾られている(一番灯籠には御能【おんのう】、二番灯籠には種蒔、三番灯籠は田植、四番灯籠には臼摺【うすすり】、五番灯籠には地搗【じつき】の各場面)。五基の灯籠には一本ずつ指子竹【さしこだけ】と称される高さ六・三二メートルの十字型の竿が付随しており、それがキリコ灯籠を吊るす竿と形状が酷似していることから役灯籠を吊るすための竿でなかったかと推定されている。
 台灯籠は役灯籠を大型にしたようなもので(間口一三八センチ、奥行一一六センチで、地面から七九・五センチの高さの所が人形浄瑠璃の舞台の床面となっている)、舞台床面には紙で精巧に作られた御殿の作り物が飾られている。人形浄瑠璃を上演する時には、この御殿を前面から二十三センチ後方へずらし、その狭い空間に人形の遣い手が入って人形を操作する。人形浄瑠璃は、義太夫節によって「太功記【たいこうき】十段目[尼ヶ崎の段]」「先代萩【せんだいはぎ】[政岡忠義【まさおかちゆうぎ】の段]」「御所桜【ごしよざくら】三段目[弁慶上使【べんけいじようし】の段]」「日吉丸[五郎助住家の段]」などの演目を上演するが、人形は差し(串)人形という特殊な繰法で遣われる。人形は小振りで(全長三四・五センチ、面長五センチ)、人形の背に直角に長さ三〇センチ余りの竹串が取り付けてあり、その串で人形を支え、串に組み合わせた二本の糸で人形の首を操作する。人形の両手に長い竹ヒゴがそれぞれ一本ずつ取り付けてあり、それを操作して人形の手の動きを表す。人形の遣い手は基本的には一人であり、人形の首と左手は左手で操作し、人形の右手は右手で操作する。登場人物の多い時は、無理な姿勢で一人で何体もの人形を遣う。
 神輿は稗田野神社から御霊【ごりよう】神社に渡御した後、氏子区域内を巡行して、また稗田野神社に還御するが、この間役灯籠は神輿に供奉し続け、台灯籠は、御霊神社に到着した後は別行動をとり、かつては各所で人形浄瑠璃を演じた(今日では数か所になっている)。神輿還御の後、稗田野神社の馬場で大太鼓と役灯籠が追いつ追われつする「灯籠追い」の次第があり、五基の役灯籠を本殿前の軒下に吊るして輪番組一同石搗【いしづき】唄を歌う「灯籠吊り」の次第があって祭事いっさいを終了する。今日では祭事は十四日夜半に終了するが以前は十五日未明まで行事が続いた。
 当灯籠祭は、役灯籠・台灯籠ともに熨斗【のし】が飾られていることなどから、灯籠に様々な趣向を凝らして(なかには人形や人形繰りをも灯籠にしくむものもある)御所その他へ献上する風が広まったという室町時代の京の風俗をしのばせるものであり、また台灯籠の中での差し(串)人形は、文楽などの三人遣いとはまた別種の例の少ない繰法であるなど人形芝居の変遷を知る上で貴重な伝承である。近年行事次第が簡略化されるなど伝承に困難を生じているので早急に記録作成等の措置を講ずる必要がある。

佐伯灯篭

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