指定対象地は三重県北部、菰野町北東部の田光にある湧水に涵養された湿地及びその周辺に形成された植物群落である。鈴鹿山脈の東麓福王扇状地の東端、奄芸層群(東海層群)からなる台地の下部に位置する小さな谷で、谷の下部に不透水層があり、谷斜面の粗粒砂礫層から冷湧水が湧出し、湿地を形成している。
東海地方の三重県から愛知県、岐阜県、静岡県の一部にかけての周伊勢湾地域の丘陵地には、砂礫層が地表面を形成し、土壌の発達が悪く、砂礫層からの湧水により成立した湿地が点々と分布している。このような場所には、周伊勢湾地域に固有な、あるいは隔離分布を示す植物群が生育し、東海丘陵要素植物と呼ばれている。これらは、数百万年前の新第三紀鮮新世から第四紀更新世初頭にかけてこの地域に存在した東海湖周辺において、分化あるいは残存してきたと考えられている植物群で、その代表的なものの一つがシデコブシである。シデコブシはモクレン科に属する落葉性の小高木で、春先にコブシより花弁が多く淡いピンク色の可憐な花を付ける。細長い花弁が注連縄などの垂れ下がった四手(垂)に似ていることからシデコブシの名が付いたといわれている。このほか、東海丘陵要素植物としては、貧栄養な湿地に主に生育するシラタマホシクサ、ヒメミミカキグサ、トウカイコモウセンゴケ、ヘビノボラズ、湿地の周辺部や水路脇に分布するシデコブシ、ハナノキ、ヒトツバタゴ、ナガボナツハゼ、ミカワバイケイソウなど十数種類が知られており、いずれも限られた分布を示し絶滅の恐れのある種に挙げられているものも多い。
指定対象地は上流部にある楠根溜と呼ばれる溜め池から下方へ、谷に沿った幅100から200m、長さ約700mの範囲で、標高は約80から90mである。この地域はシデコブシの日本有数の生育地として知られており、それ以外にも多くの希少な植物が生育している。湧水により涵養された湿地植物群落には、ヌマガヤを中心とした草本類が繁茂し、シラタマホシクサ、ヘビノボラズなどの東海丘陵要素の植物群、ミズギク、イワショウブ、ミカヅキグサなどの寒冷地の植物、モウセンゴケ、ミミカキグサ類などの希少な植物が生育している。斜面にはサクラバハンノキやコナラが樹林を形成し、谷沿いの林縁にはシデコブシとともに、ミカワバイケイソウなども生育している。
これらの植物群落は豊富な湧水の存在により維持されてきたものである。しかし、かつては一部で水田耕作が行われ、薪取りなどに利用されており、そのような人為的な干渉により良好な光環境が維持されてきたことも、湿地植物群落の維持にとって重要な要因であったと思われる。以前はこうした湿地生の植物群落がかなり広く見られたが、開発や利用の放棄等により、すでにその姿が失われているところも多い。
当該地は、シデコブシをはじめとする東海丘陵要素の植物群及び湿地生の植物群落が良好な形で保存されている地域として学術的価値が高く、天然記念物として指定し保護を図ろうとするものである。