本経は、『賢愚経』(大聖武)につぐ奈良朝大字経の優品として知られる大字法華経巻第五の遺巻である。体裁は折本装で、本文料紙は黄麻紙三七紙を用い、首題「妙法蓮華經提婆達多品第十二 五」より尾題「妙法蓮華經巻第五」までを完存する。本文は一紙二一行、一行一二字宛、偈は三段に、雄渾な筆致をもって書写されている。文中には、朱の句切点があり、奥書はないが、書風よりみて奈良時代後期の写経生の手になるものと認められ、全体として保存良好である。
本経の僚巻については、巻第三の薬草喩品(和泉市久保惣記念美術館蔵、重文)、同化城喩品断簡(個人蔵)、巻第四の五百弟子受記品(東京・神谷志津江蔵、重文)、同法師品(京都国立博物館守屋コレクション、重文)の四件が知られている。これらは、いずれも数紙からなる残巻で、それぞれに六行宛の折目跡がみえることから、もと一具のとき折本に改装されたと考えられる。
大字法華経の遺品のなかで、一巻分を完存するものは本経のほかに例がなく、大字法華経の旧態を考える上にも貴重な遺品である。
なお、本経は近年その所在が明かになったものであるが、寛文九年(一六六九)執行渡物日記によれば、少なくとも江戸時代前期より清水寺に所蔵されていたことが知られる。