村山槐多は、絵を描くのと同じように詩も書きました。「走る走る走る/黄金の小僧ただ一人/入日の中を走る、走る走る/ぴかぴかとくらくらと/入日の中へとぶ様に走る走る/走れ小僧 金の小僧/走る走る走る/走れ金の小僧」(村山槐多「宮殿指示」1918年より)
歩いている時に道で見かけた女の人が、小さな女の子と踊るように風船をついている様子を描いたそうです。ここには描かれていませんが、5色の風船は、女の人の手の上で鮮やかに宙を舞っているのが想像できます。体の動きを確かめるように、紙が擦り切れるほど強く激しく木炭の線を走らせます。美しく強いものにあこがれ、槐多はそれを絵にしたいと思いました。しかし描くことは、喜びと同時に苦しみも画家に与えました。強く引かれた線の一本一本は、画家が生きた証といえます。画家はこの絵を油絵で描こうとしましたが、病いに倒れて、22歳でこの世を去りました。