二河白道図は、往生者が火(怒り、憎悪)と水(貪欲)の間に開けた一筋の白い道を、釈迦と阿弥陀の励ましによって浄土へ赴くことを描いた浄土教絵画で、唐の善導が著した『観無量寿仏教疏』を典拠とする。わが国では、法然、親鸞がその教義のなかで取り上げてから絵画化されており、これまでに、鎌倉時代の作品四点が重要文化財に指定されている。
本図の画面の構成、および描かれた情景の図様は、すでに指定されている奈良国立博物館本に最も近いが、これよりもより多くのモチーフを描きこんで豊かに情景を表現している点が注目される。画面上方の浄土の描写には、多くの菩薩や鳥、花が描かれ、画面下方の穢土でも、往生者を追う獣や武者、往生者を穢土へ呼び戻そうとする人々など奈良国立博物館本にもほぼ同じ配置で描かれているモチーフのほかに、往生者に手招きする僧、火宅、四巻の経巻を安置した経楼様の建物が描かれている。このうち、経巻を安置する建物は他に類例の知られないものであるが、経巻が四巻であることから、浄土三部経あるいは『観無量寿仏教疏』を描いたものかとも想像できる。
絵の描写はきわめて緻密で、ことに浄土の洲浜にみられる截金【きりかね】による文様は繊細で美しく、また一部の顔料の剥落を除いて、保存状態も良好である。鎌倉時代の二河白道図の数少ない優品のひとつといえよう。
なお、本図には、智恩院第三十二世をつとめた松風による寛永十年(一六三三)の文書が附属しており、本図が吉澤丹波守なる人物の所持品であったと記している。(挿図は表紙・表紙解説参照)