小稲の虎舞は、静岡県賀茂【がも】郡南伊豆町手石【みなみいずちょうていし】の西南に位置する旧小稲地区に伝承されている。この浜辺に舞台を仮設し、二人一組で扮する虎を和藤内が鎮めて曳いていくという芝居仕立ての芸能である。
南伊豆町手石の旧小稲地区は、伊豆半島の先端に位置し、小さな入り江を抱える地で、入り江には小稲港という漁港が設けられている。この入り江はかつて風待ちの港として活用されていたところである。
虎舞は、旧暦八月十三日、十四日の両日、地元来宮【きのみや】神社の祭礼に行われる。十三日の宵宮、十四日の本祭の夜、それぞれ「一番虎」「二番虎」「三番虎」と三回虎舞が舞われる。最後の「三番虎」に和藤内が登場して虎を捕らえて退場する。このほか、十四日の本祭では昼過ぎに、祭り開始の寄り合いの「虎の御神酒【おみき】」が集会場で開かれ、そこで一回虎舞を舞い、その後来宮神社境内で二回虎舞を舞う。十五日は後かたづけの後の祭り終了の寄り合いである「芝返【しばがえ】し」でも一回舞うほか、新築の家がある場合は、「悪魔払い」と称してその家で虎舞が舞われる。
虎は、藤蔓で編まれた布状のぬいぐるみで、二人が入り素足で舞う。「虎山【とらやま】」と呼ばれる仮設舞台は、間口約三メートル、奥行き約五・五メートル、高さ約一・五メートルで正面に階段が付き、両側に約五〇センチメートルの欄干が付けられ、笹がくくり付けられている。楽器は、大太鼓、締太鼓を載せた太鼓台に、笛が数人付き添う。始めに虎は舞台下階段正面にうずくまり、囃子にのって少し舞った後、虎山へ上がり、足で舞台を踏みならして激しく舞ったり、足をなめる、頭を掻くなどの動作をする。最後は後ろ足で立ち上がった姿で階段を降りて虎舞が終了する。「三番虎」では、後半になると中学生が扮した和藤内が階段下から御幣を持って登場し、虎と激しく争う。御幣で虎の頭を押さえ込んだ後、生け捕った虎の鬣【たてがみ】状の毛を曳いて階段を降りて終了する。
また、数年に一度、豊漁などの村の祝い事等があると、龍が登場する場合もある。このとき和藤内が虎に敗れ、退散したのち、八人がかりで操る龍が登場し、虎と争う様子を演じ、敗れた虎は来宮神社へ逃げて終了する。