海辺の松樹のもとで、草を食む1頭の象。傍らでは赤い帽子を被り、髭をたくわえた異国の象使いが象の頭を撫でています。食欲と優しさに充たされたのか、象は満足げな表情。右方からは異国人の従者が草束を運んできており、この象の旺盛な食欲がうかがえます。上方の海に目をやると、中景にオランダの旗を掲げる艀、遠景には2艘の蘭船が描かれています。本作品は文化10年(1813)にオランダ船(実際にはイギリス船)が長崎にもたらした5歳の牝象を描いたものと考えられていいます。この象は長崎奉行所立山役所で見分ののち、江戸幕府が受取を拒否したことで、わずか3ヵ月で送り返されました。渡辺鶴洲(1778-1830)は唐絵目利であったため、出島に繋がれた象を実見できたと考えられています。陰影、体毛、シワなど、細部まで写実的な描写は、実物の象を見た経験と鶴洲の優れた技倆を伝える作品です。
【長崎ゆかりの近世絵画】