絵葉書「大納言利長卿の墓」 えはがき「だいなごんとしながきょうのはか」

歴史資料/書跡・典籍/古文書 / 明治

 前田利長墓所を写した写真絵葉書。高岡市の「前田利長墓所」は、石川県金沢市の「前田家墓所」とともに「加賀藩主前田家墓所(前田利長墓所)」の名称で、国史跡指定を受けた。
 加賀前田家2代当主・前田利長は、慶長14年(1609)に高岡城を隠居城に定め、生涯を閉じる。高岡市の「前田利長墓所」は、3代利常が利長の三十三回忌にあたる正保3年(1646)に造営したものである。
 一辺約180mの正方形区画を有し、大名個人墓として全国でも最大級の規模をもつ。墓域は、外堀、内堀の二重の堀で囲まれ、高い規格性を有する(面積は高岡市33,391平方メートル)。その中心に一辺15.5mの御廟が位置する。御廟は、加賀で産出する戸室石で覆った二重基壇上にかさ塔婆(かさとうば)型墓碑が立つ。基壇の立面には狩野探幽の下絵と伝承される130枚の蓮華図が陽刻される。

<参考>
・高岡市教育委員会生涯学習・文化財課HP「加賀藩主前田家墓所(前田利長墓所)」https://www.city.takaoka.toyama.jp/syoubun/kanko/rekishi/kinen/maedake.html(2020年5月15日アクセス)

絵葉書「大納言利長卿の墓」 えはがき「だいなごんとしながきょうのはか」

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