平安時代の『万葉集』の古写本で、金沢藩主前田家に伝来したことから「金沢本万葉集」と呼ばれている。『万葉集』巻第二と巻第四の残巻二帖であり、粘葉装の冊子本である。伝本の分類上、次点本に属し、仙覚(一二〇三~?)が校訂した新点本以前の古写本として重要な価値を有する。
筆者は世尊寺家第五世の藤原定信(一〇八八~?)で、壮年期の筆と推定されている。定信書の特徴がよく表れ、速筆で全体の流れや流動感による美しさを追求した完成度の高い筆跡であり、和製唐紙(彩牋)を用いた美麗な料紙とよく調和し、書道史上においても高く評価されている。
また、附の桐冊子箱には五代藩主前田綱紀(一六四三~一七二四)の箱書きがあり、綱紀の祖父三代藩主利常(一五九三~一六五八)の蔵書であったことが知られる。
本帖は、「五大万葉」として知られる平安時代の『万葉集』の古写本の一つとして、我が国の文化史上において極めて高い価値を有する。