虚堂智愚墨蹟 「与徳惟禅者偈」 きどうちぐぼくせき

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  • 虚堂智愚筆
  • きどうちぐ
  • 南宋 / 宝祐2年(1254)
  • 縦30.6 横62.7
  • 一幅
  • 重文

 精神的基盤を禅に求めた茶の湯においては、墨蹟を茶掛けの第一とした。中でも虚堂の墨蹟は最も珍重された。大徳寺大燈国師、建長寺大応国師の法脈を遡れば、祖師に当たるが故であろう。虚堂は名を智愚、息耕と号した。育王山、径山などの名刹を暦住し、八十五歳で示寂した。この墨蹟は虚堂七十歳の時、侍者である徳惟禅者が、宝祐二年(一二五四)に諸方の仏祖の塔を巡礼するに当り、請われ与えた偈頌である。徳川家康(駿府御分物)-初代義直-三代綱誠-五代将軍綱吉-六代将軍家宣-四代吉通と伝来した。

虚堂智愚墨蹟 「与徳惟禅者偈」 きどうちぐぼくせき
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