富田茶臼山古墳 とみたちゃうすやまこふん

古墳 / 中国・四国 

香川県
さぬき市大川町
指定年月日:19930726
管理団体名:
史跡名勝天然記念物

富田茶臼山古墳は香川県の東部、長尾平野の東端に位置する四国地方最大の前方後円墳である。南方の讃岐山脈(阿讃山脈)から派生した低丘陵の縁辺部に立地し、丘陵の稜線に直交するように前方部を西方に向けて築造されている。後円部に立つと長尾平野を一望でき、弘法大師ゆかりの五剣山や、高松平野との結節点に聳える白山を遠望することができる。
 古墳の北側には津田川が流れ、蛇行しつつ東流して播磨灘に開く津田湾に流入している。その河口の津田港は中・近世の商業港として知られているが、津田湾を望む山丘上には東讃地域を代表する前期古墳が数多く分布し、津田湾が海上交通の拠点として古くから重視されたことを物語っている。本古墳は津田湾から長尾平野に至る要点を占め、津田湾を掌握し、高松平野に連なる長尾平野を治めた被葬者の支配領域と経済的基盤が推測される。
 本古墳に関しては、江戸時代の『三代物語』が日本武尊陵と記し、『全讃史』は仁徳天皇陵、もしくはその皇子である難波皇子の墳墓と推定している。後者は当地が『和名抄』にみえる寒川難破郷に比定されることに由来し、さらに寒川皇子、讃岐国造の祖とされる神櫛皇子の墳墓とする説もある。円筒埴輪の存在が古くから知られ、地元では千壺山とも呼ばれている。後円部の頂上には妙見神社が祀られ、後円部東端には中世の石仏を祀る「弥勒庵」が存在する。古墳は、昭和10年代に県道高松長尾大内線の建設によって後円部北側を掘削され、その後の開墾や住宅建設によって前方部や墳丘裾部に改変を受けているが、総じて旧状をよくとどめている。
 平成元年度に大川町教育委員会によ…

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