人生は戦いなり(黄金の騎士) じんせいはたたかいなり

絵画  油彩画 / ヨーロッパ 

グスタフ クリムト (1862-1918年)
くりむとぐすたふ
1903年
画布,油彩 テンペラ 金箔
100.0 x 100.0cm

ウィーン近郊バウムガルテンに生れる。オーストリア工芸・産業博物館付属の工芸美術学校に学んだ。アカデミックで歴史主義的な作風で建築室内装飾に携わって売れっ子作家となり、1894年に文部省よりウィーン大学大講堂の天井装飾を委嘱された。1897年、オーストリア造形美術家連盟(ウィーン分離派)の結成に参加して初代会長に就いた。1903年にヨ-ゼフ・ホフマン、コロマン・モーザーらと共にウィーン工房を結成、大学天井画を巡る大論争に巻き込まれ、1905年に自ら契約を破棄するに至った。また、同年内部対立から分離派を脱退した。1908-09年、「クンストシャウ」展開催、1911年のローマ国際美術展で1等を受賞した。  クリムト回顧展として開催された大8回ウィーン分離派展の出品作。分離派の会長として芸術の刷新に立ち上がり、大学講堂の装飾壁画を巡るスキャンダルでは、無理解な世論の批判の矢面に立たされていたクリムトは、世紀転換期のウィーンの新しい芸術の旗手として、この作品の題名どおり闘っていた。ただ戦闘の舞台が地上ではなく、のち隠棲したクリムトが描き出す官能美の世界が繰り広げられる楽園に設定されていることは、クリムトの心境に重大な変化が起きつつあったことを示している。論争の渦中に萎えかけた自信を奮い立たせて表明された、クリムト最後の芸術姿勢のマニフェストといえる作品である。造形的には金などの工芸的要素が大胆に導入され、絵画・彫刻などの純粋美術と応用美術との境界の撤廃が試みられており、生活全般に芸術を取り入れようとしたウィーン工房に参加したクリムトの姿勢とも重なり合っている。

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